設立趣意書

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1.「寺子屋子ども食堂」の設立の前提

このたび「寺子屋子ども食堂」の設立について上申するにあたり、その前提となるものを申し述べます。 平成25年(2013年)6月19日に成立し、6月26日に公布、翌平成26年(2014年)1月17日から施行された「子どもの貧困対策の推進に関する法律」(略称は「子どもの貧困対策法」)および平成26年(2014年)8月29日に閣議決定された「子供の貧困対策に関する大綱」に基づいて、総合的な取り組みが始まって以降、”子どもの貧困”に係わる話題が増加してきました。

従前は、貧困問題について一部の専門家、専門職のなかでは議論されても、一般的には議論される機会がなかったのでありますが、この数年で”子どもの貧困”に関する報道が増え、あらためて世の中の注目を浴びることになっております。 ご高承のとおり、「子どもの貧困対策法」では、「子どもの将来がその生まれ育った環境に左右されることのないよう、貧困の状況にある子どもが健やかに育成される環境を整備する」と明記され、また、「子供の貧困対策に関する大綱」では、「貧困の世代間連鎖の解消と積極的な人材育成を目指す」という基本方針のもと、約40項目の重点政策、25の指標が掲げられております。親から子への”貧困の連鎖”を断ち切ることが狙いであります。

ところで、日本の”子ども(18歳未満)の貧困率”は、昭和60年(1985年)の10.9%から平成24年(2012年)に16.3%と大幅に悪化しており、OECD(経済協力開発機構)に加盟する先進34カ国中で9番目に高い数値であります。とくに、”ひとり親世帯の貧困率”(平成24年(2012年)時点)は54.6%で、数字を公表しているOECD加盟33カ国中でもっとも高いのであります。

最低限の衣食住すらままならない”絶対的貧困”ももちろんながら、貧困線(ライン)以下で暮らす、つまり衣食住を賄うのにぎりぎりで、学習塾に通うとか、修学旅行に行くなど、社会の中で”普通”という機会が得られない”相対的貧困”を余儀なくされる”子どもの貧困”こそ、深刻になっております。

約6人に1人が貧困とされる水準の”子どもの貧困率”、5割強が貧困状態とされる”ひとり親世帯の貧困率”を考えると、貧困家庭に育っ子どもたちが直面する困難は、異常であります。 貧困であるがゆえに、塾や習い事に通わせることも、また、自分の部屋などで勉強に集中できる環境をつくることも、きわめて難しく、さらには、進学したいのに経済的理由で諦めざるを得ないケースや、児童虐待の被害に遭ったり、不登校や高校中退の割合が高くなったりすることも指摘されております。こうした背景には、景気の悪化による親の所得の減少やひとり親世帯の増加などが考えられております。

厚生労働省のまとめによると、ひとり親世帯の平均収入は、母子世帯で291万円、父子世帯で455万円、児童がいる世帯の平均年収658万円と比較すると、母子世帯は約4割の収入しかありません。さらに、母子世帯ではパートなどの。非正規雇用”が約5割を占め、将来への不安を抱える家庭も少なくないのであります。

このような事情によって、教育格差が強まり、経済格差が広がり、”子どもの貧困”が増幅することになれば、社会的損失の影響も非常に大きくなってくるわけであります。 それゆえ、少しでも早く”貧困の連鎖”を断ち切り、日本に生まれてきた子どもたちが、貧困によって可能性を狭めることなく、将来を築いていけるように対策を講ずる必要があると、痛感する次第であります。

冒頭にふれた「子どもの貧困対策法」と「子供の貧困対策に関する大綱」の成立、施行から3年余りが経過し、従前の”学習支援”が主流であった民間の動向も、最近では、「子ども食堂」というスタイルが全国各地に広まっている状況にあります。 「子ども食堂」は、平成24年(2012年)に東京都大田区にある「きまぐれ八百屋だんだん」の一角に設置されたのが始まりであり、名称としての「子ども食堂」の名が用いられたのも、この時からであると言われます。

その後、平成27年(2015年)には、「子ども食堂」同士で横の繋がりを作り、食材や情報を連携することを目的として、「子ども食堂ネットワーク」が発足するにいたり、いまや、平成30年(2018年)4月時点で、北海道から九州・沖縄まで、全国2286カ所に「子ども食堂」が急増して、貧困対策、交流の場づくりとして発展している模様であります。

私どもは、以上のような考察をベースに、家庭、学校にかわる”第三の居場所”づくりと”学習支援”を結びつけた「寺子屋子ども食堂」の設立を企図したいと考え、こに上申したいと存ずる次第であります。 私どもの思いは、”相対的貧困”によって生まれる”貧困の連鎖”を断ちつつ、「子ども食堂」によって、継続的に誰かと一緒に食事をするという安心感、「寺子屋」的な、落ち着いた場所をもって、自分に合った学習指導や進路指導の”学習支援”を受けるという幸福感、さらには、親の帰宅時刻に合わせた居場所を提供することによって、高まる安定感、などを通じて、子どもたちに希望を持たせ、子どもたちの心身の成長を扶けていきたいということであります。

この私どもの「寺子屋子ども食堂」の設立、運営を中心として、子どもたちが自由に将来ビジョンを描き、その実現に向けて充実した生活ができるように支援し、貧困に苦しむ、恵まれない子どもたちを地域全体で応援していくことができれば、”子どもの貧困”に一燈をともす、新しい方向性を創り出すことになろうかと思う次第であります。

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2.「寺子屋子ども食堂」の考え方

活動計画

  1. 貧困家庭の、経済的に恵まれない子どもたちに栄養のある食事を継続的に無償で提供し、誰かと一緒に食事をする時間を確保していきます。(「子ども食堂」)
  2. “貧困の連鎖”を断ち切るべき、進学を可能とする学習の場を設定し、継続的な学習習慣が身につくように扶けて、学習指導や進路相談を支援します。(「寺子屋」)
  3. できる限り親の帰宅時刻に合わせた居場所を提供するという観点から、居心地のよい、有意義に過ごせる場所を確保、応援します。(居場所支援)
  4. 1、2項の「子ども食堂」、「寺子屋」の機能を結びつけた「寺子屋子ども食堂」に係る費用は、基本的には設立メンバーを中心にしたサポーターの会費、個人および法人からの寄付、行政機関からの補助などで賄います。

具体的取り組み

  1. 貧困家庭の、経済的に恵まれない子どもたち、もしくは親の仕事などの事情から食事(主としてタ食)がとりにくい家庭の子どもたちに、食事を提供し、子どもたちが心豊かに、充実した生活を送ることができるよう、子どもたちの健全な育成を図るべく、指向します。この「寺子屋子ども食堂」は、平成30年(2018年)9月から開始し、当初は、子どもたち30名を対象にして、週2日、食事を提供する予定であります。
  2. “学習支援”を対象とする子どもたちには、指導経験の豊かな定年退職教員(中学、高校)、国内外の民間企業で経験を積んだ退職者、現役の大学生のボランティアなどを配し、効果的な学習指導や進路相談を行います。子どもたちの職業能力の開発も可能となります。
  3. 現状の家庭環境、とりわけ、ひとり親家庭の子どもたちや、親の仕事の事情からひとりまたはきょうだいだけで家に居なければならない子どもたちに対して、快適に安心して過ごせる居場所を提供します。
  4. 前各項による活動を通じ、”諦め感”による不登校や高校中退の動きを減少させるとともに、将来に希望を持ち、未来を明るく考えられる子どもたちを育成していくことができます。
  5. “貧困の連鎖”を断ち切り、”負の連鎖”を切り落として、子どもたちが前進していくことになれば、将来に向けての所得も増え、福祉の増進、地域の経済活動の活性化なども高まって、貧困によって狭められてきた可能性を広げて、大きな将来を築いていけるものと考えます。
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3.「寺子屋子ども食堂」の目指すもの

私どもが、このたび「なぜ『寺子屋子ども食堂』の設立を企図するにいたったか」を総括的に申し述べて、上申の締めくくりにしたいと存じます。

終戦後、私どもの親の世代が起ち上が。て、廃墟の中から奇跡的な復興を遂げ、本当に豊かな国を築き上げてきました。バブル期や飽食の時代も経ながら、安定した国づくりが進んできました。しかし、その反面で、冒頭にも触れましたように、”子どもの貧困”の問題が加速の度を強めるばかりになっているのであります。

こうした貧困家庭に育っ子どもたちが、さまざまな困難に直面する状態を見るにつけ、私どもの世代として何か支援できることはないのか、というのが、発想の端緒でありました。

そこで、私ども公立高校の0Bの有志たちが鳩首協議し、中央・地域の行政機関のご配慮をいただきながらも、行政機関の補助に甘えず頼らず、かつ設立メンバーの独善に陥らないような、「子どもの貧困対策法」と「子供の貧困対策に関する大綱」が標榜する対策の一環として、地域の要請にも応えられるような「寺子屋子ども食堂」の設立を構想したわけであります。

単なる「子ども食堂」ではない、「寺子屋」の機能を結びつけた「寺子屋子ども食堂」というものを、私どもらしい技法と手法で展開していこうと申し合わせた次第であります。

このような考え方に基づく「寺子屋子ども食堂」が開設できるとすれば、全国の主要都市の有力公立高校の0Bたちにおいても、連係して決起することによって、同様の「寺子屋子ども食堂」を設置、運営できるものと確信します。そんな機運を醸成すべく、私どもが率先していろいろな手段を講じ、全国の0B仲間に呼びかけて、波及させていきたいと存じます。

なお、私どもの取り組みとしては、「寺子屋子ども食堂」の設立を契機にして、公立高校0Bによる運営から5年程度のあいだに、地域の人たちの中から核となるメンバーを育て上げ、地域の実態に沿った運営に移行、転換できるよう、目指してまいります。

付言すれば、当今の日本の財政状況は、社会保障費の上昇に耐えきれない様相を呈しつつあり、現状のままでは、多くの課題が先送りされて、将来を担うべき子どもたちに”負の連鎖”を皺寄せすることにもなりかねません。

私どもが切望する「寺子屋子ども食堂」の運営こそは、「子どもの貧困」を扶ける経済的、社会的、精神的な支援にもなるでありましようし、ひいては、私ども団塊世代に課された、また託された最適な役割であろうと自認する次第であります。

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4.最後に

おわりに、平成13年(2001年)5月7日、小泉純一郎内閣総理大臣は、第151回国会における所信表明演説の中で、その結びとして「米百俵」の故事を引用されました。幕末から明治にかけて活躍した越後・長岡藩の藩士、大参事の小林虎三郎による、「百俵の米も、食えばたちまちなくなるが、教育にあてれば明日の一万、百万俵となる」という逸話であります。

小泉総理は、「今の痛みに耐えて明日を良くしようという『米百俵の精神』こそ、改革を進めようとする今日の我々に必要ではないでしようか。新世紀を迎え、日本が希望に満ち溢れた未来を創造できるか否かは、国民一人ひとりの、改革に立ち向かう志と決意にかかっています」と訴え、変革の時代に生きる(求められる)「米百俵の精神」を謳いあげました。

私どもの目指すものもまた、「現在の辛抱が将来、利益となる」というこの教えとまったく同じであります。

特定非営利活動法人「寺子屋子ども食堂・王子」の活動にご理解いただきますよう、お願いする次第であります。